2011/01/16 (火) 雪山紀行〜高野三山・揚柳山
朝5時に起きて山行きの準備を済ませ、急いで朝食をとって6時に家を出た。難波駅改札口にはもう既に10人ばかりが先について待っていてくれた。関西ハイキングサークルの本日のメニューは真冬の高野三山・楊柳山スノーウォークだ。南海高野線橋本駅で乗り換えてさらに先の極楽橋で降り、ケーブルで高野下まで登ってゆき、そこからさらにバスで奥の院まで行くと外は真っ白な雪景色。麓の気温は既に氷点下8度。空気が冷たい、というより「痛い」という表現が合いそうだ。
奥の院から玉川橋、摩尼峠を目指す。体力のない僕は常に遅れ気味で他のメンバーについてゆくのが精一杯ですごくしんどかったけれど、励ましてくれたのが桶田夫妻だった。 「かんばれ!がんばれ!」 「がんばるでぇ!!」 途中何度か登山ルートのポイントで記念撮影してもらった。
撮ってくれるのはいつも代表の桶田氏で、高級一眼レフを三脚にセットしてタイマーが作動中に桶田氏も皆の中に納まり、全員ガッツポーズ!摩尼峠を過ぎ、摩尼山を目指す頃には吹雪になり視界も悪く、気温もどんどん下がってゆき指の感覚がなくなってきた。
「寒い!」と、こんなに思ったのは久しぶりだ。これまで毎年2月には大峰山系・高見山頂の樹氷を見に登っていたけれど、その時の頂上の気温は氷点下12度だった。しかし、今回ののほうがずっと堪える。
摩尼山の中腹付近で、これ以上登山靴だけでの歩行は無理と、全員アイゼンを装着する。ずっと集団から遅れて歩いていたので、雪が深くて道が分らず、微かに人の歩いた後を手がかりに一歩一歩アイゼンで踏みしめて登っていったけれど、頂上に着く頃には体もポカポカ暑いくらいになってきて着ていたダウンジャケットを桶田氏に手伝ってもらってザックと背中の中にうまく固定して歩き続けた。
黒川峠の手前で昼食をとることになった。これが4月や5月の気候ならシートの上にお弁当を広げるところだけれど、雪の上に座るとお尻が冷たくて堪らない。結局立ったままの昼食となった。
楊柳山に辿り着くと周囲は真っ白、見事な樹氷で、絶景だった。雪がこんなに綺麗だと思ったのも久しぶりだった。
そこから下山になるが、子継峠から十字路までは緩やかなアップダウンの繰り返しで、「うぅ…しんどい…もう限界…」そこでまた、桶田氏がいつもの満面の笑顔で、「がんばれ!がんばれ!」 「がんばるでぇ!」と応えていた。
転軸山から弘法大師御廟までは緩やかな下り坂で、やっとみんなに追いついてホッと一安心。「がんばった、よくがんばった!」と、心の中で自分を褒めてやった。
金剛峰寺は言うまでもなく空海が中国から密教を持ち帰りその布教のために建てた総本山だが、かつては豊臣秀吉から、また、下って明治政府からの弾圧・攻撃もあって悲惨な歴史をよく耐えてきたものだと改めて感心し直した。
御廟橋から一の橋バス停まではアイゼンを外してゆっくりと疲れた体を癒しながら歩いた。 寒い! しんどい! の一日だったが、何故かまた山に登りたい。来月は琵琶湖を望む赤坂山日帰りハイク。 3月は1泊2日で信州北アルプスの八ヶ岳に挑戦します。
今日助けてくれた皆さん、話しかけてくれた皆さん、有難うございました。また、山で会いましょう! 記 上中 務
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