本日は高田さんを担当して頂き、その後ろに弱い人達に並び、皆と並んでゆっくり歩く、足元に落ち葉が一杯散らして歩きやすかった
 
 
雨の天気予報もありながら、晴れ男桶田さんのお陰なのか気持ちの良い気候の中、落ち葉踏み分けハイキングとなりました。私にとっては数年ぶりの山行なので緊張して前の晩はよく寝られませんでした。大阪駅での集合場所には懐かしいお顔や、新しく知り合いになる機会を得られる方々が沢山いらして、ワクワクしました。
行きの電
車は乗っている車両が切り離しになるので米原駅で車両移動を皆でしたり、到着した木ノ本駅はにぎわって別のハイキンググループがいるのに、ちゃんと揃って目的のバスに乗れたりしたこと、関西ハイキング35人のグループの誰もがはぐれずに移動できるなんて桶田さんをはじめ先導してくださる方々の目配り・気配りが行き届いているなぁ、と驚いたことでした。

さて、坂口バス停を降りて登山口に向かい、天満宮古跡で体操をしてから出発!服装
や水分補給のことなどアドバイスがあり、すっかり忘れていたことだったので本当に助かりました。山道では写真を撮ったりおしゃべりをしたり元気に進む方々、私のように既に膝をワナワナさせながらも平静を装って進む人々(もいたに違いない!)様々なペースがありながらも皆で昼食場所まで無事に到着。道すがらの澄んだ空気、きれいな黄葉に、おにぎりを食べながら感動。山は良いなぁ。お誕生月の方々をお祝いしてシフォンケーキを頂いたのですが、お手製のケーキなんて子供の頃以来久しく、またまた感動。帰路はお陰で元気を携えて落ち葉の音を楽しみつつ、滑らないようにお地蔵さまにお願いしながら無事に意冨布良(おふほら)神社の前まで帰ってくることができました。
北国街道を通って戻ってきた木ノ本駅では、帰路の分岐で別の
道を選択したグループと無事に合流できたのも流石のコーディネート!長く続けていらっしゃるグループ、メンバーならではの連携を素晴らしいと思いました。参加させてくださって、本当にありがとうございました。  記 阪本尚子
 
 当日とてもええ天気でさわやかなハイキング10年前は木の本駅からより阪口バス停までハイキングしたけどバスが1日1〜3本?しかない、やむえない 木の本駅まで長時間歩か
せた苦い思い出、今度は木の本バス停から乗って反対側のコースのハイキングしました。実はバスの運転手が今年、9月上旬の台風で菅山寺の大ケヤキが倒れてしまいましたと
・・
10年前同じく関西ハイキングサークルで参加した何人がは知らずに10年ぶり、元気にそびえている大ケヤキを会えるのを大変楽しみにしています
 寒くもなくさわやかなお天気でーす。菅寺分岐に向かう。そしてススギ、葉に赤い色のついた樹々とても綺麗
 所所が地蔵達が我々の歩くサークルを見ています。仕方がなく会うたびにお礼に拝みながら・・・いつ切れるがなあと思ったけどやっぱ切れながったちゃんど拝みました。
 菅宮寺に10年ぶり会えました。前は元気な寺で綺麗たった。山の上にある為、麓から誰も保護してくれなかったとても悲しい・・・ 周りの景色綺麗・・
 
 
「天満宮」は大分朽ち果てている。標高が370mで、麓からは1時間ほどかけて登ってこなければならないから登り始めると、道の脇に、石像が安置されている。これは「準四国八十八石像」と呼ばれるものらしい。それも4,50mほどの短い間隔で・・・ところが首が無くなっている石像が多いのにビックリする。

心ない者の仕業だろうな、と痛ましく思われる。
本堂管山寺に現存する建物は全て江戸時代の建造物である。現存の本堂は元禄5年(1692年)の建立。天正10年(1582年)大地震、賤ヶ岳の戦い等で大破したが、一山の衆僧、衆徒の手厚い志により再建された。管山寺の全盛は鎌倉時代で、当時は3院49坊の寺院が存在し、現存する宝物には鎌倉時代に調えられたものが多い。

「管山寺」は(近江湖北二十七名刹巡礼第一番札所)になっているのだが、無住の寺で、本尊は「不動明王」が安置されているようだが、本堂は大分朽ちて、「立ち入り禁止」のロープまで張られている
 いよいよ、10年ぶり大ケヤキを会えました。会えるのを大変楽しみにした参加者が、右側のケヤキが倒れでしまって目に当り大変びっくりしました。皆に今年の台風でたおれました
ケヤキを長いほど眺め合ったり、倒れたケヤキを触ったりしてながなが離れることが出来ながった・・・左側のケヤキも右側ケヤキの分の命を貰って長生きしてもらいたい。
 やっと下山に向かいます。白いキノコがたっぶり生えている。たべれっる?いや食べられん 怖いよ。  そこにもまた地蔵が・・・皆にも拝めないと・・
 菅山寺分岐でお弁当と休憩に 立つと余呉湖がみえました。  いなり寿司弁当はだれでしょう?  皆 気持がええなー
 今月の誕生日ザプライス今年の誕生日ザプライスは12月で最後です。長いほど味わって頂き有難うございます。)
 呉枯ノ峰山頂の三角柱を触り皆で記念写真を写しあいました。  下山道も落ち葉が一杯。お布団みたい (いつもはあるく日足の腿を痛むのに今回は痛めなかった。)
  木の本街を眺める。 田上山城跡で説明看板によると豊臣秀長が賤ヶ岳の戦い(豊臣秀吉VS柴田勝家)で築城したと記載されています。
 ここにも又地蔵  もう少ししたら木の本駅に着く。
 
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